大阪国際女子マラソンの歴史
大阪国際女子マラソン史
1991年(第10回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- '91大阪国際女子マラソン午後零時2分スタート(1月27日)。参加資格が変更され、30キロ2時間13分以内、ハーフマラソン1時間30分以内
- 10回大会を記念し、メイ、マルキシオ、モラーら歴代女王が参加。カトリン・ドーレ優勝=2時間27分43秒。有森裕子が2時間28分01秒の日本最高記録で2位入賞
- 10回連続出場者、黒崎しのぶ選手ら10人を表彰
- 社会一般
- 多国籍軍のイラク空爆開始、湾岸戦争突入(1月17日)
- 横綱千代の富士引退。通算成績は史上最多の1045勝。優勝は歴代2位の31回(5月12日)
- 雲仙・普賢岳で大規模火砕流発生(6月3日)
- 旧ソ連邦構成の11共和国が独立国家共同体創設。ソ連邦消滅 (12月26日)
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1990年(第9回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- '90大阪国際女子マラソン午後零時2分スタート(1月28日)。参加資格変更され、マラソンは3時間18分以内、30キロ2時間15分以内
- ロザ・モタ(ポルトガル)優勝=2時間27分47秒。兵頭勝代は2位。有森裕子が初マラソンで6位入賞
- 翌年の第10回記念大会から、御堂筋を新橋まで延長して折り返す新コースに変更を決定。新コースを計測(11月)。長居陸上競技場~大阪城公園~天満橋~北浜~大阪市役所~御堂筋~新橋折り返し~淀屋橋~土佐堀通り~天満橋~大阪城公園~長居陸上競技場
- 社会一般
- 南アフリカの黒人解放運動指導者、ネルソン・マンデラが28年ぶりに釈放(2月11日)。翌年6月17日、アパルトヘイト(人種差別政策)廃止
- 東西ドイツ統一、ドイツ連邦共和国が成立(10月3日)
- 日本人初の宇宙飛行士、秋山豊寛(48)が乗るソ連のソユーズ打ち上げ。8日後に帰還(12月2日)
- ポーランドで労組「連帯」のワレサ氏が大統領に選出(12月2日)
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1989年(第8回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- '89大阪国際女子マラソン午後零時2分スタート(1月29日)。参加資格が変更され、マラソンは3時間25分以内
- ロレーン・モラーが3度目の優勝=2時間30分21秒。フレッシュランナーズカップ賞が新設され、高校生の山本佳子ら3人が受賞
- 社会一般
- 昭和天皇崩御、皇太子明仁親王が即位。平成と改元(1月7日)
- 伊藤みどり、フィギュアスケート世界選手権で日本初の金メダル(3月18日)
- 消費税3%がスタート(4月1日)
- 北京で天安門事件起きる(6月4日)
- ベルリンの壁崩壊(11月9日
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1988年(第7回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- '98大阪国際女子マラソン午後零時5分スタート(1月25日)。関西テレビ放送開局40周年、産経新聞創刊65周年、ラジオ大阪開局40周年記念大会
- リディア・シモン(ルーマニア)初優勝=2時間28分31秒
- 社会一般
- 冬季オリンピック長野大会開催(2月7日~22日)
- 明石海峡大橋開通(4月5日)
- 和歌山でカレー毒物混入事件発生(7月25日)
- 中国の国家元首として初めて、江沢民主席来日(11月25日)
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1987年(第6回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- '87大阪国際女子マラソン午後零時2分スタート(1月25日)。参加資格が変更され、マラソンは3時間30分以内、30キロ2時間20分以内、20キロ1時間25分以内
- ロレーン・モラー2連覇=2時間30分40秒。宮原美佐子は3位
- 30キロタイムトライアル兼合宿。浅井えり子が道路日本最高を記録(12月)
- 社会一般
- 朝日新聞阪神支局が襲撃され、記者1人が死亡、1人が重症(5月3日)
- ノーベル医学生理学賞にマサチューセッツ工科大の利根川進教授。受賞理由は免疫の仕組みの解明(10月12日)
- ニューヨーク株式市場、大暴落。ブラックマンデーの翌日、東証も過去最大の下げ幅を記録(10月19日)
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1986年(第5回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- 選手村を千里阪急ホテルに移して開村(1月)
- '86大阪国際女子マラソン正午スタート(1月26日)
- ロレーン・モラー(ニュージーランド)優勝=2時間30分24秒。2位は浅井えり子の2時間34分47秒
- 翌年の'87大会から御堂筋を取り入れたコースに一部変更を決定 長居陸上競技場~大阪城公園~大阪市役所~御堂筋(本町4)~堺筋(北浜2)~大阪城公園~長居陸上競技場に(9月)
- 30キロタイムトライアル兼合宿。ロレーン・モラーのマラソン教室開催(12月)
- 社会一般
- アメリカのスペースシャトル「チャレンジャー」が空中爆発。乗員7人死亡(1月29日)
- フィリピンのマルコス大統領がハワイに亡命。アキノ新大統領に(2月26日)
- ソ連のチェルノブイリ原発で原子炉が爆発(4月26日)
- 北京国際マラソンで、児玉泰介が2時間7分35秒の日本最高、世界歴代 3位の快記録で優勝(10月19日)
- 伊豆大島の三原山が12年ぶりに大噴火、島民1万300人と観光客2000人に島外避難命令(11月21日)
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1985年(第4回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- '85大阪国際女子マラソン(兼'85ワールドカップ広島大会日本代表選手選考会)正午スタート(1月27日)
- キャリー・メイ(アイルランド)が2度目の優勝=2時間28分07秒
- 社会一般
- つくば科学万博開催。入場者は2033万余人(3月16日?9月16日)
- 羽田発大阪行きの日航ジャンボ機が群馬県御巣鷹山に墜落、520人が死亡、4人が奇跡的に生存(8月12日)
- 阪神タイガースが21年ぶりにセ・リーグ優勝を決める(10月16日)。日本シリーズで西武を破り日本一に
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1984年(第3回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- '84大阪女子マラソン(国際陸上競技連盟公認レース、兼ロサンゼルスオリンピック日本代表選手選考会)正午スタート(1月29日)
- カトリン・ドーレ(東ドイツ)優勝=2時間31分41秒。2位の増田明美(2時間32分05秒)が8月のロサンゼルス五輪代表選手に
- 組織委員会で'85大会から、大阪国際女子マラソンと名称変更を決定(8月)
- 社会一般
- 探検家、植村直巳が北米マッキンリーの冬季単独登頂に世界で初めて成功。下山途中に消息を絶つ(2月12日)
- 江崎グリコの江崎勝久社長が自宅から誘拐。その後の「グリコ・森永事件」の始まりとなった(3月18日)
- 1万円札(福沢諭吉)、5千円札(新渡戸稲造)、千円札(夏目漱石)の新札発行(11月1日)
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1983年(第2回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- '83大阪女子マラソン正午スタート(1月30日)
- キャリー・メイ(アイルランド)優勝=2時間29分23秒
- ニューヨーク市マラソンへ小林千恵美、柏木千恵美選手を派遣(10月)
- 日本陸連にて'84大会の第1回組織委員会開催。日本陸連主催大会となる
- 社会一般
- 青木功がハワイアンオープンゴルフで優勝。日本人男性初の米ツアー制覇(2月13日)
- 千葉県浦安市に東京ディズニーランドがオープン(4月15日)
- サハリン沖で、領空内に侵入した大韓航空機をソ連空軍機が撃墜。269人全員が死亡(9月1日)
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1982年(第1回大会)
- 大阪国際女子マラソン
- 新阪急ホテル内に選手村開村(1月)
- '82大阪女子マラソン正午スタート(1月24日=長居陸上競技場)。 エントリーは外国選手21人を含む142人で、完走者は103人。大阪21世紀計画協賛事業、ニューヨーク市マラソン姉妹レース
- リタ・マルキシオ(イタリア)優勝=2時間32分55秒。日本人最高は佐々木七恵の11位
- '83大阪女子マラソン事務局開設(8月)
- 村本みのる、阿部しのぶ選手をニューヨーク市マラソンへ派遣(10月)
- 社会一般
- 羽田空港で日航機が逆噴射、墜落、24人が死亡(2月13日)
- 500円硬貨発行(4月1日)
- 日本体育協会オリンピックキャンペーン事業「がんばれ!ニッポン」開始 (10月10日)
- 三越疑惑で警視庁は岡田茂前社長を特別背任容疑で逮捕(10月29日)
- ソ連のブレジネフ書記長死去(11月10日)
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1981年
- 大阪国際女子マラソン
- ’82大阪女子マラソン準備本部を産経新聞大阪本社内に開設。マラソン予定コースを調査。大阪府警本部からマラソン予定コースの実測認可。3日間にわたって、マラソンコース42.195キロを計測(8月)
- シンボルマークのデザイン決まる
- 第1回記者発表(10月)。参加資格は、マラソン4時間以内、20キロ 1時間45分以内、10キロ50分以内、3000メートル13分以内
- 国内招待選手強化合宿訓練行われる(12月)
- 社会一般
- 日本海側の各地で三八豪雪をしのぐ五六豪雪の被害が続出(正月)
- 厚生省の招待で、中国残留孤児47人が初の正式来日(3月2日)
- 神戸ポートアイランドで「ポートピア'81」開催(3月20日~9月15日)
- 東京都江東区で主婦ら7人が"通り魔"に殺傷(6月17日)
- 増田明美(成田高3年)札幌タイムス・マラソンの20キロロードレースで日本最高記録(6月21日)
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